朝日岳〜白馬岳縦走
初めてのビバーク

記:久保田 充子
8月12日(木) 調布19:00―蓮華温泉23:00
   13日(金) 蓮華温泉5:40―白高地沢8:10―八兵衛平11:45〜12:15―朝日小屋14:30
   14日(土) 朝日小屋 5:30―雪倉頂上10:30―避難小屋11:00
   15日(日) 避難小屋 5:40―白馬大池9:30〜10:30―蓮華温泉12:40
 萩原政夫さんから、朝日、白馬の縦走のお誘いを受けたものの、日程が合わず、改めて例会で募集をして計画を立てる。とっくりと地図を見ていると、蓮華温泉からの朝日の眺めが良いとあり、迷わず蓮華温泉から入ることにする。朝日からは雪倉岳を経由して白馬岳、そして蓮華温泉に戻るという、お花畑と山々の景色に期待が持てるコースだ。
 「白馬に行きたい」という石川さんもこれなら満足してもらえる筈である。
村上さんが日程的に迷っていたようだが、調整がついたそうで、急きょ参加となる。私も心強い。
 木曜日の夜調布を19時に出発し、お盆中の渋滞もなく、すいすいと白馬に到着。蓮華温泉にはそれから更に狭い山道をくねくねと30分ほども登る。駐車場で仮眠を取り、5時40分に出発する。蓮華からはいきなり300m程も沢に下る。山に登るのに、下りから始まる山というのも珍しいのでは。木道が朝つゆで濡れていて、つるつると氷のように滑りやすく、緊張を強いられる。白高地沢で仮設の橋を渡ると、いよいよカモシカ坂の急登だ。朝日岳まではあたり一面のお花畑の中を、木道がところどころに設置されている。遠くに雪倉岳が見える。曇ってはいるがガスがかかっていないのがうれしい。「明日の今頃はあそこにいるんだね」と村上さんが教えてくれる。(その翌日はとんでもない事になっていようとは、この時知る由もなかったのである) 時々パラパラっと雨が落ちてきたが、カッパを着るほどの事もない。だが、朝日岳の頂上は寒くて、早々に小屋を目指す。
 小屋の夕食は萩原さん曰く「絶対食べたほうがいい!」とお勧めだけあり、山の頂上で富山の海の名物が食卓を賑わせていた。お腹一杯食べて、大満足。明日も白馬まで8時間以上の行程だ。19時には就寝となる。

 土曜日。雨が降り、ガスっていて周りは何も見えない。今日の天気は曇り時々雨の予報。簡単な朝食を済ませて、5時30分出発。朝日岳からの水平道は雪もすっかり溶け、歩きやすいが、湿地の木道が滑りやすく、気を付けて歩く。その時、後ろを歩いていた女性が、木道で滑って転んだ。どうやら足を捻挫したようだ。テーピング等の用意はあるようなので、手当は同行の男性に任せて私たちは先を急ぐ。アップダウンを繰り返して、いつのまにか朝日頂上からの合流点に出る。ここから雪倉までゆるやかな登りだ。このころから風が強くなり、時々突風が吹き、耐風姿勢を取る。雨は左程降っていないがガスでカッパが濡れている。頂上からの下りになるとものすごい風で、80歳のおばあさんのように腰を直角に曲げていないと吹き飛ばされそうだ。その時、私のザックカバーが一瞬で風に飛ばされた。
 「直下の避難小屋で大休止にしましょう」と先を行く村上さんに声をかける。村上さんが「もうすぐだよ」と言うので顔をあげると、目の前に小屋があった。風に押されながら、重たい戸を開ける。この時11時。

 中に単独の男性2名、夫婦の計4名がくつろいでいた。私たちもお湯を沸かして、早めの昼を取る。私はこの先の白馬までの3時間を歩けるか、ものすごい不安でいっぱいだった。でも今まで歩いて来られたのだから、行かれるのかもと思い、身支度を整えて、小屋を出た。外に出たとたん、風に吹き飛ばされ、小屋の石囲に身体を打ち付ける。村上さんは2、3m先で私を待っているが、足が踏み出せない。村上さんが「アンザイレンする?」と聞くのでうなずき、小屋に戻る。ロープを出し、私のザックに結ぶ。私は怖いのと不安で足が震えていた。先に来ていた人達から「今日はここに泊まった方がいいよ」と忠告を受ける。シュラフを持ってきていないと話すと、「人が少なければテントを貸すから中にテントを張ればいいよ」と言ってくれた。とりあえず、1時間だけ様子を見ることにしてまた腰を下ろす。風は弱まるどころか、益々強くなり、私はトムラウシの事故のことなど思い出していた。ここから白馬までは稜線歩きだ。私はとても歩き通せる自信がない。「ここに泊まりましょう」と決断して、皆の装備を確認する。村上さんはツェルト、石川さんはシュラフカバーとツェルト。何も持っていないのは私。
 夫婦で来ていた人が「自分たちはシュラフがあるので、ツェルトを貸しますよ」と言ってくれる。食料は私も石川さんも十分持っていた。水は私が500cc、レモンウォーター500cc。村上さんが水1.5リットル。石川さんはアミノバイタル300cc位。水が少ないのが気にかかるがしかたがない。いざとなったら、雨水を溜めることにするが、雨は横殴りに降り、溜まるかどうか怪しかった。私は濡れた服や靴下を脱いで、ビニール袋に入れておいた毛の靴下と半袖のTシャツ、長袖のTシャツ、セーターを着た。幸い私たちはまだ雨もそんな強くなかったので、ズボンはほとんど濡れていなかった。(ズボンの替えは持っていなかった。気温13度位)

 ここで1泊する事に決めると気持ちも落ち着き、先に来ていた単独の男性(後で聞いたら藤沢の方だった)が色々と楽しいおしゃべりをしてくれたので、こんな状況の中、大笑いしたりして過ごす。もう一人の単独の男性は昨日も悪天候だったので2泊目だとのこと(先住民とあだ名を付けた。ちなみに村上さんは大御所)。ご夫婦は何と町田グラウスの人だった。そうこうしていると、親子、夫婦と次々と避難してくる。あの足を捻挫した人はどうしただろうと思っていると、15時過ぎくらいに到着した。もうこれで最後かと思っていると、16時頃、2人パーティーがずぶ濡れで来た。この2人は朝日小屋で出発するかどうか悩んで、8時半ころ出たそうである。それでここに到着が16時。私たちが5時間半で来た所を7時間半かかったことになる。女性の方は疲労痕倍しているようだった。

 結局16名が避難したことになる。いつのまにか雨も強くなっている。もうこの頃は、戸の隙間から容赦なく雨が吹きこみ、床に水がたまるほどだった。女性がひっきりなしに水をほうきで掃きだしていた。幸い私たちは到着時間が早かったので、一段高い奥にいて、全く問題なかった。
 私も皆との楽しいおしゃべりに加わり、大笑いしたりしていたが、急に「明日はこの風が止むんだろうか」と頭に浮かぶと、とてつもなく不安になる。もし明日もここを動けなかったらどうなるんだろう。私が下山予定日に帰って来なかったら、夫は、会の人たちはどういう行動を取るんだろう、と色々頭の中で考えてしまった。幸い私も石川さんも月曜日は休みを取っていたので、たとえ明日も停滞するとしても仕事の面では心配はなかった。だが予備日がないと、つい無理をして下山しようとして、事故につながるということがあるのではないだろうか。
 「でもこんな頑強な小屋も揺らぐほどの風の中じゃ、ヘリコプターも飛ばないよね、この間あんな事故があったばかりだし」など皆で話したりする。だいたいにおいて、携帯も繋がらないのだ。みんな口々に、台風が過ぎた後にこんな悪天候になるとは思わなかったとか、前線がどうのとか話す。ラジオを付け天気予報を聞くが、やるのは関東地方ばかりである。17時を過ぎ、藤沢の男性が、「皆さん食事を取りましょう」と声を掛けたので、私たちも食料を分け合ったりして食事にする。それから寝る場所を決める。私たち上にいた人が少しずつ詰めて、下にいた人を上にあげたりする。戸のない押し入れがあって、上段に先住民が寝て、私たちはその下に寝ることになった。私は町田のご夫婦からツェルトを借り、石川さんのツェルトは足を捻挫した女性に貸した。彼女には皆が湿布をあげたり、私も持っていたキネシオテープをあげたりする。
 18時、天気予報を聞いたが、結局、明日の天気は明日にならなければわからないと思い、明日歩くだけの体力は蓄えなければと、あれこれ考えるのをやめて寝ることにする。藤沢の人が、私に「下に何も敷いてないの?」と自分が敷いていた銀マットを半分に切ってくれて、村上さんと私に貸してくれた。お陰で暖かく寝ることができた。

 日曜日 4時、押し入れの上にいた先住民が起きて出て行った。私たちも起きて、朝食を取る。雨はやみ、風は昨日と比べればぐっと弱くなっていた。5時半、支度をして小屋を出る。昨日吹き飛ばされた所も全然大丈夫だ。鉢ケ岳から白馬までの稜線はまだ風が強いが歩けないことはない。時折ガスが切れて雪倉や小蓮華が見える。その時、藤沢の人が追い付いて、少し会話をしながら歩く。彼は白馬から大雪渓を下るそうだ。私たちは白馬までは行かず、小蓮華を通って、蓮華温泉に下ることにした。その分岐の所で、村上さんが彼に握手を求めた。私も握手をした。目に熱い物がこみ上げてくるのを感じた。
 白馬大池と小屋の赤い屋根が見えた。やっぱり美しい。
昨日は「山は怖い」と思っていたが、今日は「また来年来よう」と思っている。人の情けをつくづくありがたいと感じ、また色々考えさせられた山行だった。

後日談:足を捻挫した方からお世話になったことのお礼状が届き、下山後病院に行ったところ、足首は骨折とひびだったとのことでした。



           白馬山行で再認識

                                                  村上 淳也

 尾根で風に吹かれましたが、三日間十分に楽しんできました。 しかし、山は常に危険がつきものであることを再確認した山行でした。
 木道で滑って捻挫、骨折。強風による転倒、簡単な斜面での滑落。已む無くのビバーク。低体温等など。

 雪倉の尾根に出ると風が強く、頂上では30m位の強風が吹いていて、なんとか鞍部まで降り、取り敢えず避難小屋で昼食を兼ねて休憩し、出発しようとしましたが、風が益々強くなり1時間ほど様子を見ることにしました。しかし、風雨は弱まらず、白馬岳頂上越えの風を考慮し、大事を取り一晩小屋に停滞することにしました。
 今回は丁度良いところに避難小屋があったことがラッキーでしたが、小屋は16人の避難者でいっぱいでした。 

 夏山でも3000m級の山の場合、ツエルト、防寒着、細紐20m位、最低でも1Lの水、
テープ(三角巾)等、それに非常食は常に持参することが必要とつくづく感じました。
 常に安全登山に心がけ、十分な計画と装備、体力をつけ山を楽しみましょう。

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